[這いずり日記] 鹿教湯・市峠 2023/03
03/11/23 22:29 category :travelog
カケユという名前を聞いたのは随分昔、確か糖尿の伯父が療養で滞在していたという話だったと思うが、来たのは初めてのことだ。30年ほど前の春に、山を越えた北、塩田平側の沓掛温泉に一週間ほど逗留したことがあり、南に大明神岳とか独鈷山とかに上った時が、この内村川流域に一番接近した経験となる。ちょうど地下鉄サリン事件の年だったので、あの客はオウムなのではないか、と宿にビビられた記憶がある。
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鹿教湯の老舗に落ち着いて、女将に、この山の中の湯治場から町、都会に出るとすると、どこに出ていたのか。と尋ねると、今は松本までバスが通ったが、従来はまず丸子、そして上田。であるという。歴史的には丸子ではなくて塩田平から上田に出ていたのではないか、と聞き直すと、確かに梅の木峠などがあるが、バスが通ってからは丸子一筋であり、以前は丸子まで鉄道も来ていた。今となっては塩田平に抜ける峠道がどうなっているかもわからない、と言う。
ならば滞在二日目は梅の木峠に行って見ようかと思ったが、ひとつ西寄り、市峠という峠も地形図に残っていて、こちらの方が中心街からは行きやすい。それに、峠から、鹿教湯富士という地元の名勝、富士山型の山にも登れそうだし、元気が残っていれば縦走して梅の木峠から下りてもよい。快晴の二日目の朝、女将に計画を告げると、峠道ですか、、山は落葉ですべるから気をつけてください、と心配そうである。
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古くからの湯治場だし、たぶん馬の往来も多かったろうから、道形はしっかりしているはず。崩れている場所はあるだろうけど、もとよりそんなに厳しい地形でもないし。と、たかをくくって出発すると、上り口は情けないくらい粗末にされていたけれども、上るにつれて、道形がはっきりし、何より寛政から大正に至る馬頭観音の石仏が数多く現れて、予想の当たっていることを知る。馬道だから、無理な道づけもない。積もる落葉をかき分けながら、テングチョウが乱舞する早春の林を、標高差215m、気分良く市峠に到着した。
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気分は上々、テンションも高いから、握り飯などをひと齧りし、ではまずこの富士山をやっつけよう、と早々に歩き出す。最初は疎林の気持ちよい尾根道だったのだが、頂上に近づくにつれて、尾根は痩せ、傾斜はきつくなっていやな感じが出てきた。それに、相変わらず大量の落葉が砂っぽい地面の上に堆積していて、一歩一歩、ずるー、ずるーとすべるのだ。
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それでも以前なら全くどってことのない場所なのだけれど、劣化はもとより、コロナでブランクも長いし、最近は高度差のあるところなど全く歩いていないから、下の方をのぞき見て何だかすっかり嫌になった。頂上まであと標高差20mくらい、踏み跡が痩せ尾根から右側斜面にまわりこむところで、首から望遠レンズを下げたままこの落葉の斜面をトラバースする気になれず、「もうここが頂上である」と宣言した。ギブアップとも言う。
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↑麓からみた鹿教湯富士。標高差300m、目もくらむような高峰だ
後をずりずりとついて登ってきた理事は、えーそこ頂上でしょ?すぐじゃないの?と言いつつ、そのままずりずりと僕を追い越して最高地点に達し、頂上広場で立派なヒオドシチョウを目撃したそうだが、しばらく待っていたら、やがてざざざざざー、と大きな音を立てて、仰向けに落葉ごと滑り落ちてきた。体を木にぶつけて停止したが、その木に抱きついた顔がひきつっている。ああ夫婦劣らずヤレヤレのトホホ。なお、全くどってことのない場所であることは既に書いた。
テンションは一気にダダ下がり、梅の木峠プランはキャンセル、とっとと下りて露天風呂に入ろうと決め、歳をとったなー、とか、落葉が滑るんだよねー、とか慰めあい、朴の木を数えながら下ってゆく。下るにつれ、太ももや肩にははやくも筋肉痛が感じられるのだった。
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最後に鹿教湯について。来てみると、巨大なビルもあり、単に寂れているという以上に廃屋、廃虚というか崩れかけた建物が多くて、バブルだのコロナだのの爪痕を感じずには居られないが、他方、古くからの療養地であって、今更チャラチャラしない、という自負はつよく感じられる。何せ、風呂場の入浴法掲示のその一は「闘病精神を旺盛にする」という温泉であるから、安っぽいコンサルを入れて観光客に媚を売るということはしていない。峠道にしても、最終日に上った裏手の神社にしても、観光「資源」などという発想はそもそもなくて、気持ちよいくらい放置してある。湯量は豊富、風呂は源泉掛け流しで24時間入れるし、見かけではない、温泉地としてのコアな魅力は変わっていないのだと思う。源泉は死なず、とでも申しますか。頑張ってもらいたい。ビルの建設は勘弁してもらいたいが。
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[写真撮影 : 2023/03 - 長野県] [photo data : 03/2023 - Nagano, Japan]
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鹿教湯の老舗に落ち着いて、女将に、この山の中の湯治場から町、都会に出るとすると、どこに出ていたのか。と尋ねると、今は松本までバスが通ったが、従来はまず丸子、そして上田。であるという。歴史的には丸子ではなくて塩田平から上田に出ていたのではないか、と聞き直すと、確かに梅の木峠などがあるが、バスが通ってからは丸子一筋であり、以前は丸子まで鉄道も来ていた。今となっては塩田平に抜ける峠道がどうなっているかもわからない、と言う。
ならば滞在二日目は梅の木峠に行って見ようかと思ったが、ひとつ西寄り、市峠という峠も地形図に残っていて、こちらの方が中心街からは行きやすい。それに、峠から、鹿教湯富士という地元の名勝、富士山型の山にも登れそうだし、元気が残っていれば縦走して梅の木峠から下りてもよい。快晴の二日目の朝、女将に計画を告げると、峠道ですか、、山は落葉ですべるから気をつけてください、と心配そうである。
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古くからの湯治場だし、たぶん馬の往来も多かったろうから、道形はしっかりしているはず。崩れている場所はあるだろうけど、もとよりそんなに厳しい地形でもないし。と、たかをくくって出発すると、上り口は情けないくらい粗末にされていたけれども、上るにつれて、道形がはっきりし、何より寛政から大正に至る馬頭観音の石仏が数多く現れて、予想の当たっていることを知る。馬道だから、無理な道づけもない。積もる落葉をかき分けながら、テングチョウが乱舞する早春の林を、標高差215m、気分良く市峠に到着した。
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テンションは一気にダダ下がり、梅の木峠プランはキャンセル、とっとと下りて露天風呂に入ろうと決め、歳をとったなー、とか、落葉が滑るんだよねー、とか慰めあい、朴の木を数えながら下ってゆく。下るにつれ、太ももや肩にははやくも筋肉痛が感じられるのだった。
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最後に鹿教湯について。来てみると、巨大なビルもあり、単に寂れているという以上に廃屋、廃虚というか崩れかけた建物が多くて、バブルだのコロナだのの爪痕を感じずには居られないが、他方、古くからの療養地であって、今更チャラチャラしない、という自負はつよく感じられる。何せ、風呂場の入浴法掲示のその一は「闘病精神を旺盛にする」という温泉であるから、安っぽいコンサルを入れて観光客に媚を売るということはしていない。峠道にしても、最終日に上った裏手の神社にしても、観光「資源」などという発想はそもそもなくて、気持ちよいくらい放置してある。湯量は豊富、風呂は源泉掛け流しで24時間入れるし、見かけではない、温泉地としてのコアな魅力は変わっていないのだと思う。源泉は死なず、とでも申しますか。頑張ってもらいたい。ビルの建設は勘弁してもらいたいが。
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[写真撮影 : 2023/03 - 長野県] [photo data : 03/2023 - Nagano, Japan]
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