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[這いずり日記] 狂乱のフレッドベルク・エピソード篇〜スリナム 2017/夏その5

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トンカ島を出て陸に戻り、こんどはフレッドベルクに向かう。


こっからどう行くの?と鳥仙人に聞くと、二時間半くらいだからすぐさ、まず舗装道路を50キロ、そこからはずっとよい林道だ。最後のところだけ沼地だけどね。え?今なんつった?沼地。え、何?沼地?沼地だって!おい冗談はやめてくれよ、みたいな話をしながらともかく進む。確かに最後の1キロは嫌な道だった。え?こっちに突っ込むの?という、看板も何もない、秘密の集落の入り口みたいな分岐から、乾季の今でこれなら雨季はどうすんのかな、という、芋ようかんみたいな道を、4WDのローにして2000回転死守、30cmはせり出している板状根をがっつんばったんと越えながら、バキバキネリネリと進んでいく。「な、この車すごいだろ」とか横で脳天気にいう鳥仙人を「バカヤローお前は黙ってろ」と制しつつも、神経はすり減る一方だ。

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フレッドベルクは、原生林のなかに設定された伐採区域に隣接した宿泊施設、というか観察基地であり、標高は50mくらいで川沿いだから別にベルク(山)ではないが、名前の通りフレッド君が国から土地を借り受けて開業したものだ。伐採区域の隣と言ってもそもそも森林が広大であるから、基本的に静寂な川沿いの幕営地、といった風情がゆかしい。珍しく、僕らの他に同宿の客もいた。とは言え採掘会社に雇われて継続的に生物調査をしている専門家で、かつての鳥仙人の助手だそうだ。あとは大学で両生類の研究をしているフレッドの友達が遊びに来ていて、何というかどことなくオタクの秘密基地という香りもする。

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人の話だったりまた聞きだったりするからあまり真に受けないでほしいが、マルーンやインディオの教育は難しいらしい。西洋式の教養を身に付けるには学校が良いが、学校に行ってしまうと、逆に森で生きる術が身に付かず、そうなると伝統的な暮らしを守る集落では生活できなくなる(つまり都市生活者とならざるをえない)と言う。我がフレッド君は13歳まで、サラマカンブッシュネグロの集落で狩りや生活の基本を学び、その後学校で学んだらしく、和魂洋才というべきか、この地の動植物相に対する深い知識に加えてオランダ語、英語を話すと言う新しい世代のマルーンと言える。普段はパラマリボ在住で、恋人は白人。将来的にはやはりエコツーリズムを興し、この地を保護区にしたいと希望を語る。まだ若いがひとかどの人物だ。

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(↑フレッドベルクの夕焼け)

フレッドがいわゆるバードウォッチングを始めたのは二年前らしいが、もともと「どこに何がいる」ことは熟知していたわけだから、英語名、細かな分類などをたちまち習得し、
スリナムの鳥(Birds of Suriname)という図鑑の著者である鳥仙人をして、「この地では間違いなく鳥の第一人者」と言わしめるほどになった。何より目が素晴らしいし、熱意も、知識も、称賛に値する。

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(↑フレッドベルクにお気に入りの場所を見つけて、日中くつろぐ理事。本人曰く、Capuchinbird を探しているそうだ。やはり執念深い。)


この地域でのバードウォッチングは、基本的にまっすぐ通る林道をベースに、車や徒歩で移動することになる。僕らには久しぶりになるイワドリ(Guianan Cock-of-the-Rock)の Lek なども歩いて見に行ったが、ここでは、最近切り開かれた林道の左右の奥深い原生林から、珍しい樹冠の鳥が代わる代わる姿を見せる(ことがある)というのが最大のスペシャルティ。フレッド君のすばらしい目を最大限に生かすため、ダットラの荷台にフレッドを立たせ、僕が運転する。フレッドが何か見つけると、ガンガン!と車を叩いて知らせるわけだ。アフリカのサファリなどでは、よく、客を荷台に乗せた車をガイドやドライバーが運転して、客は何か見つけると「止まれ!」とボディをガンガン叩いて命令するが、この地では立場は逆転である。最初は多少釈然としなかったが、僕以外運転できないのだし、フレッド以外鳥を見つけられないのだからこれはもう致し方ない。

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こうして、フレッドが目を、僕が運転技術を、鳥仙人が知識を、理事は、えーと、愛嬌を提供しつつ、奇跡的に成立したこのパーティの成果はすばらしく、オウム、Cotinga(カザリドリ)などを中心に、図鑑を見ても「こんなのも居るんだなあ」くらいしか縁のなかった鳥を数多く観察できた。なかでも一般常識からみた最大の成果は真っ赤な Crimson Fruitcrow(ベニカザリドリ)だろう。僕も理事もいわゆる成果主義者ではないから、へえそうなんだという風に淡々と喜んでいたが、残る二人の興奮はただならず、見ればハイタッチをして雄叫びを上げている。

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(↑よく見ると、欧州・アフリカ・アジアに起源を持つ白黒黄、人間の三亜種が揃って、それぞれの母国語以外の言語を話しながら南米の山奥で鳥を探しているのだからおかしい。共通項は物好き、いや自然愛好家ということだ。)


ハイタッチのその横で、あっ変なカメムシ見っけ、とかしゃがんで写真を撮っている僕に、鳥仙人は、この鳥の為だけに海外からわざわざ飛行機に乗ってやってくる奴らもいるんだぜ。さんざん苦労した揚げ句、やっと豆粒みたいに見えても見えただけで大喜びして帰るのに、今日はあんな近くに見えて、しかも同じ日に Blue-backed Tanager(セアオフウキンチョウ)まで見れて、おいおい一体なんて日だ、チキショー(意訳)と、泣き出さんばかりに訴えると、理事は、そうよネ、真っ赤できれいだったもんネ、でも私は宿で群れてた鳥の方が可愛かったカナー、とか横から無邪気に答えるのが、見ていてハラハラするくらいに可笑しい。


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よしそろそろまた移動かなと車に乗り込もうとすると、今度は鳥仙人は「ちょっと待て!」と大声で叫ぶ。見ると3mの杖を捨てて林道に這いつくばっている。おいどうした?魚が、魚が〜!え?なに魚?見ると、5cm位のメザシみたいのが一匹、林道をピョンピョン跳ねて移動している。実は前述の図鑑の刊行とともに鳥の研究がひと段落した鳥仙人の、今の興味の最先端は魚なのだ。それも、乾いてくると水溜りから跳ねて移動する魚の生態。みなゲラゲラ笑って見ている中、足に不自由のある鳥仙人は、四つん這いの不格好な姿で魚を掴み取り、新種だ!新種だ〜!おい、写真を撮れ〜、GPSで位置を記録しろ〜、と大喜びなのであった。

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(↑湿気がすごい)

まあこんな調子、いろいろと温度差はあるが、ともあれそれぞれに幸せな一日、そしてめでたい滞在だった。

なお魚は、ペットボトルに入れて持ち帰ったが、興奮の余りミネラルウォーターに入れたのが大失敗(水たまりの水にすべきだった)で、あっけなく死んだ。ただ、その後の調査で属レベルまでの同定ができ、ほぼ新種で確定のようである。

(2018/1/24 追記)その後の現地からの連絡によると(笑)、魚は Rivulus aff. holmiae としてとりあえず記載される由。aff. というのは、要するに、Rivulus holmiae 近縁の新種のようであるが、まだ新種と断定するには情報が足りない、ほどの意味。ただ、その肝心の R. holmiae が、ガイアナで 1908年に発見され記載された後、長らく生存不明だった謎の種とかで、それが 2014年に一世紀ぶりに再発見されたばかりらしく、その間、類似の複数の種類が Rivulus aff. holmiae とされてきたらしい。まぁ、いろいろ大変だなっ!

なお、Wikipedia などのお手軽検索によれば、Rivulus属は、カダヤシ目リウルス科。「多数の未記載種が知られ」とある。まぁグッピーとかの遠縁。

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残りの写真は景色篇で。


(2021/2/15 追記)Crimson Fruitcrow (ベニカザリドリ)は
本館のタイランチョウのページに掲載されました。オウムフウキンチョウなども順次掲載されています。


[写真撮影 : 2017/08 - スリナム] [photo data : 08/2017 - Suriname]
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