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[這いずり日記] ムカデの宿・エピソード篇〜スリナム 2017/夏その3

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夜寝ていて、左ひじの痛みに目覚めた。ぼんやり目覚めたのではなく、一瞬にして目覚めた。痛みというより、何かがやばい、猛烈にやばい。左ひじが接していた蚊帳の外から、強烈な悪意の如きものが放射されていて、体がビンビンと緊急反応している感じだ。

脳が瞬間起動する。虫?違う!蛇?違う!吸血コウモリ?あり得る!思わずギャアアと声を出して、蚊帳から飛び出した。明かりを速攻でつけるが、何もいない。

隣の寝台で寝ていた理事は、パニックの僕をあからさまに疑っている。寝ぼけているのではないか、夢でも見たのではないか、と嘲るが、事実左ひじは痛くて、血も滲んでいるのだからそれはない。おかしい。おかしい。答えはすぐわかった。蚊帳の中、生地が重なった中から、太さが中指くらいはある、見たことのない頑強なムカデが出てきたのだ。しかも追い立てるとこれが速い、身の毛がよだつほどのスピードで這う。退治どころの騒ぎではない。今度は理事がギャアアアと叫ぶのだった。

※ ムカデの写真を見る元気のある人はこちらからどうぞ。恐らくギアナオオムカデ Guyanan Giant Centipede
Scolopendra cf. viridicornis
その1
その2

日が昇り、朝食に降りて、宿の面々に早速ムカデ襲撃の話をするが、みな目をそらして、この話は避けたい様子だ。「今年は水位が高いから、上がってくるのさ」と爺さん。「私も昨晩天井にいるの見たわ」と娘。「バルサン(みたいの)焚くかい」とおばさん。こんな美しい島でバルサンはごめんだというと、おばさんはよっこらしょ、とゴム草履を片方持って腰を上げた。潜んでいる場所(マットレスの隙間)は調査済み。あとは僕が追い立て、おばさんがバンバン叩きつぶす、原始の戦いが始まった。戦いには勝ったが、ムカデは強かった。何度も何度も全力で叩かれても、走るのを止めなかった。感動的なほどおぞましかった。

↓「湖畔の宿」というやつだ。
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宿からの朝日がきれいだ。
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宿の名誉のために書き加えておくと、宿は、アホバカダム近くの村の外れから、船外機つきのボートで約一時間。無人と言ってよいこのトンカ島の入り江の、湖にせりだすようにして建つ、景色も風通しもよい木造で、家庭的な良い宿だ。しかもただ家庭的なだけではない。オーナーのフレッド爺さんはマルーンだが、独学で植物学を学び、鳥獣を見れば撃つことしか考えていないようなこの国に、エコツーリズムを興したいと考えた。そして、この世界最大規模のダム湖ブロコポンド(面積が新潟県くらいある)に浮かぶ風光明媚な島に、宿と、ささやかな資料館と、セミナー室を建てた。ここは享楽の地ではないのだ。残念ながらあまりうまくいっていないようで、島内の観察路沿い、目ぼしい木に掛けられた学名のプレートがちょっと寂しい。それにしても、このフレッドもそうだが、マルーンの爺さんは、みな南部のブルースメンみたいに佇まいが渋い。それもちょっと白内障が出ていたりすると完璧になる。

↓フレッド夫妻(右)
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写真撮れ撮れとうるさいこいつはまだ渋さが身に付いていない。手に持っているのは朝の収穫、たぶんピーコックバス Cichla sp.。金の採掘の影響で、水銀の蓄積が問題になっているらしいけど大丈夫かな。
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僕らがこの島に来た目的は、しかしながら植物でもムカデでもない。この島には Capuchinbird という変な鳥の Lek が、比較的アクセスしやすい場所にあるのだ。Capuchinbird は、ハゲガオカザリドリという和名では味わいのかけらもないが、英語名はカプチン会修道士の風体に由来する。ちょうど色も赤茶、ペンギンの子どもの皮を剝いて、それを今度は毛皮の袋に入れて顔だけ引っ張り出したような異形の鳥である。実物に接してわかったが、声がまたすごい。チェンソーの音が頭蓋骨に共鳴したような音を出す。Lek というのは、まぁ、雌を求めて雄が集まる場所と考えて大きな間違いはない。

当博物館の方針の一つに、特定のものを見に特定の場所に出かけない、というものがある。要は、あそこにあれがいるよと人に言われても、はいそうですかとノコノコ出向いたりはせず、あくまで偶然出てきたものとの出会いをマイペースに楽しむというストイックな趣旨だ。だから今回の行動は実はこの方針に抵触する。予定を立てる時に、鳥仙人が、なんか見たい鳥はあるかい?と聞くので、まぁ、わざわざ南米まで行くんだし多少は例外もいっか、と 「Capuchinbird だったら見たいな、前回尻しか見れなかったしな」と、気軽に答えた因果がムカデにつながったというわけだ。

※ Capuchinbird の写真は
鳥仙人のホームページでどうぞ。言い訳をしておくと、苦労せずに綺麗な写真を撮りたい人は、録音を流して呼ぶのである。僕たちはそれはやらない。

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計画段階の話では、この島には Capuchinbird がうじゃうじゃいて、録音嫌いなお前さんでも拍子抜けするくらいに何の苦労もなく観察できる。とか鳥仙人は確かに言ったように思うのだが、行ってみれば話はちょっと違った。ボートで別の島に渡り、少し歩くと、確かにジャングルの少し奥からその頭蓋骨共鳴チェンソー音がするところに来た。と、鳥仙人は、やおら立ち止まり、ホラ聞こえるだろ、あっちの方だ。俺はここで待ってるから、お前ら行って来い、と言う。周りは密林である。えええー、ジャングル迷うし危ないじゃんか、と言うと、ホラ俺足悪いからさ、と今度はコンパスを手渡して、南の方角に戻れば必ず道に出るから大丈夫とか言う。まぁ小さい島だし、大声を出せば聞こえるだろうから、お前必ずここにいて俺達が呼んだら大声で返事しろよ、と伝えてジャングルに身を投じた。

↓かゆいもののほか、痛いものも多い
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結果から言えば、確かに Capuchinbird はいたし、観察も出来た。ただ、ジャングルのブッシュの中から、密度の高いヤシや灌木の葉っぱ越しに、葉の密度の高い広葉樹の枝に止まる鳥を観察するというミッションは、難易度が高かった。幸い樹冠の鳥ではなく、10mくらいの高さにいることが多かったので、メリメリと前に進み、パキパキと横の薮を踏み分け、首をかしげ、窓のような森の切れ目を見つけつつ、夫婦互いに合図しながら、なんとか数羽。写真も辛うじて。結果として下半身を更にダニに食われ、理事の足は草間彌生の作品のようになってきて悲惨だったが、これはこれで充実の二日(二日同じことをした)だった。これくらい苦労すればまぁ、博物館方針に抵触してもいいだろう。

↓集中して Capuchinbird を探す理事。近くにいるのだが、二人の間は薮やら身の丈くらいある板状根が遮っていて、合流するのは難儀だ。
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宿に帰る。どうだい見れたかい、とフレッド爺さんが聞くので、うん見れた見れた、今日はじゃあお祝いにビール飲もうかな、とつい言うと、爺さんはブルースメンのような渋い顔をさらに渋くして僕の目をのぞき込み、そんなものはないよフレンド。とかいうのだった。ムカデは余計だったが、まったくトンカ島は面白い島だった。

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きれいめの写真は次のエントリ、その2 景色篇ででどうぞ。

※ちなみに、鳥仙人は奥地でひと晩吸血コウモリに襲われた経験がある。あれは吸うんじゃないんだよ、舐めるんだよ、すごいのは吸った血を仲間と分ける動物なんだとも言っていて、ひと晩中襲われた割にはあまり悪い印象はないようだった。


[写真撮影 : 2017/08 - スリナム] [photo data : 08/2017 - Suriname]
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